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舞台『W3 ワンダースリー』開幕レポート!SFと正義が交錯する令和の手塚ワールド
2025.6.11
手塚治虫が生み出した物語「W3」が誕生から60年のときを経て、舞台『W3 ワンダースリー』として令和の時代に新たな輝きを放つ。6月7日(土)に初日を迎えたばかりの本作は、東京・THEATER MILANO-Zaにて好評上演中だ。今回は本作の公演レポートをお届けする。

(前列左から)平間壮一、井上瑞稀、成河、ウォーリー木下
劇場は宇宙への入口、舞台を現代に移した名作「W3」
舞台『W3 ワンダースリー』の原作は手塚治虫の名作。手塚作品の例に漏れず、本作も地球規模、いや宇宙規模の普遍的なテーマをいくつも内包している。“正義”とは、“悪”とは、“生きる”とは何か――。簡単に答えることは難しい、しかし生きていくのなら目を背けてはならないそれらのテーマとじっくり向き合いつつも、息つく暇のない“SF × 冒険 × スパイ活劇”が四六時中、脳を刺激し続ける、そんな作品に仕上がっていた。
ときは現代。田舎の小川村に住む漫画を描くのが好きな少年・星真一(井上瑞稀)が主人公。彼の母(彩吹真央)が営む商店がハム・エッグ(中村まこと)に売却を持ちかけられている頃、はるか宇宙では地球を滅ぼすべきか、残すべきか、銀河連盟の面々が激しく議論を交わしていた。銀河連盟は、銀河パトロールが任務のW3(ワンダースリー)のボッコ(松田るか)・プッコ(永田崇人)・ノッコ(相葉裕樹)に地球の偵察を命じる。一方、上京してからなかなか帰ってこない真一の兄・光一(平間壮一)は、実は秘密諜報機関フェニックスの一員。ある任務でユダ島に潜入した光一は、そこで大きな野望を抱くランプ(成河)と対峙するが……。

地球に降り立ったボッコ・プッコ・ノッコ

秘密諜報機関フェニックスの任務とは…?
舞台設定を現代に移している本作。作中で起こる出来事は、どれも今の私達の時代と地続きで、“もしかしたらそんな未来がすぐそばまで迫っているのでは?”とリアルな感情を呼び起こす。その地続きの感覚は、劇場へ向かうところから始まっている。近未来的な東急歌舞伎町タワーに入り、THEATER MILANO-Zaへ。ステージは宇宙を連想させる青のスポットライトで照らされ、開演前のアナウンスも我々地球人の知らない宇宙人の言葉によって行われ、開演前から気持ちは宇宙空間へと旅立つ。
パペット×役者で描かれる「W3」の冒険活劇
遊び心満点の導入から、開幕と同時に照らし出されたのは一対の机と椅子と少年。背後には悲惨な戦争の光景が広がり、重々しい空気が広がる。一転、次のシーンでは無重力な宇宙空間へ。和田俊輔が手掛ける力強くもどこか不思議な音楽と、演出・ウォーリー木下のアナログと映像との融合で表現されていく浮遊感漂う宇宙空間が眼前に立ち上がり、重力すらも自由自在なのだと驚かされる。今作も想像を越えて楽しませてくれる“ウォーリーマジック”は健在。舞台ならではのアナログな表現から、プロジェクションマッピング、小さな人形を登場させてコミカルに描く逃走劇などなど……。どのシーンにもWonder=不思議がつめこまれ、根底にある漫画、ひいては創作の面白さが散りばめられていた。

時に俳優が舞台セットを動かし、作品の世界観を創りあげている。
なかでも印象的だったのが、パペットを使った演出。W3の3人は地球に潜入するにあたり、ウサギ・カモ・馬に変身する。東京公演では人形劇団ひとみ座の面々がパペットを操作し、その背後にハンドマイクを手にした演者が立って演じていく。パペットが登場することは予想していたが、これほどまでに活躍するとは。パペット操者と役者とで、相当に綿密なディスカッションを重ねたのだろう。阿吽の呼吸であるのはもちろん、ボッコ、プッコ、ノッコそれぞれの個性がパペットの動き&声とマッチし、タイトルロールにふさわしい存在感を放っていた。松田、永田、相葉の3人は、W3として登場しているシーンはほとんどステージ前方に出てこない。しかしパペットの魂として少し奥まったところで熱演を披露しており、パペットと役者、どちらを観ればいいのか視線の置きどころに困るほど、どちらも魅力的だった。造形にこだわったであろう銀河連盟の宇宙人たちが揃うシーンも圧巻。ウォーリーのパペット愛を存分に感じられることだろう。

操演と俳優の声の相乗効果でパペットに生命が吹き込まれている。
善悪のその先へ、星兄弟とランプの対峙が放つメッセージ
人間サイドでは、星兄弟とランプが物語の軸を作っていく。ランプことアセチレン・ランプは「手塚スターシステム」によって多くの手塚作品に登場するおなじみの人物。原作では星兄弟の前に立ちはだかる敵として、“ザ・悪役”の存在感を放っていた。福田響志が脚本、ウォーリー木下が上演台本として手掛けた本作では、彼がなぜそうした思想に至ったのか、その背景が新たな解釈のもとに描かれ、ランプの悪の“向こう側”にあるものを丁寧に掘り下げている。

ランプの頭部にはキャンドルが置かれている。
1幕では悪役然として振る舞うランプは、2幕冒頭でそのあまりに悲しく憤りに満ちた過去が明らかになっていく。成河は胸に迫るランプ少年の生い立ちは繊細に、そしてその上に成り立つランプのどす黒い狂気と怒りを持ち前の爆発的なパワーで表現。そんなランプと対峙するのは、名前の通りまっすぐな光のように生きる気持ちのいい快活な青年・光一。平間は、その屈託のない笑顔が似合う“光の存在”を真正面から演じきる。彼が得意とするアクロバティックな動きを取り入れた殺陣も見応えがあり、秘密諜報機関所属という設定に説得力を持たせる。

捉えられた光一に近づくカモ(プッコ)
正義と悪という二項対立以外にも、奇妙な形で光一とランプの人生はシンクロしている。そんな2人が拳を交える最終決戦は見どころ。観客を包み込むような光一と、観客を刺すようなランプの芝居がぶつかりあい、それぞれの“正義”や“信念”を肌で感じることができた。

わかりやすい正義と悪の戦いが描かれていくなかで、田舎の村から飛び出して成長していくのが、主人公の真一だ。彼のキーワードは“漫画”。物語序盤では大好きな描くことを遠ざけていた彼は、W3との出会いや兄の危機、そして大切な居場所を守るために立ち上がる。序盤の真一は、どちらかというと“超省エネ系男子”を自称する井上らしさが覗くような大人しく優しい少年。積極的に前に出るタイプではないが、カモ姿のプッコを勇気を出して助けるなど、芯の強さが随所に感じられる。とくに歌唱シーンでは純真と呼ぶにふさわしい歌声で、騒々しい展開につかの間の癒しの時間を生み出した。そんな彼が2幕でどう成長していくのか。まとう空気の変化とともに真一の成長を見届けてみてほしい。

地球を滅ぼすのか残すのか、ワンダースリーは真一を通じて何を感じるか。
本作は“オールアンサンブル”を謳っており、入れ代わり立ち代わり、ほぼ全員が出ずっぱりとなっている。例えば村で真一と関わる彩吹や中村は、別のシーンでは意外な形で星兄弟やランプと関わっており、その配役に思わずニヤリとしてしまった。出演者陣の引き出しの多さを楽しめるのはもちろん、配役にこめられた意味をメタ的な視点で考察してみるのも一興かもしれない。

村の恒例行事「天狗祭り」のワンシーン。

快活なSF活劇としての側面だけでなく、原作の持つメッセージ性の強さもしっかりと残して、現代ならではの視点とともに描ききった舞台『W3 ワンダースリー』。作中で提示される問いかけが“点”だとするならば、物語の展開と同時にそれらは繋がってゆっくりと“線”を浮かび上がらせていく。そして、カーテンコールの拍手を送る頃には、心に感情や思考が渦巻く大きな“円”が生まれているはずだ。暗闇を照らし出す“星”や“ランプ”の光は、あなたの心の何を照らし出すのだろうか。改めてこの舞台『W3 ワンダースリー』で、手塚作品の持つ力強さを感じてみてほしい。
文:双海しお
写真:岡千里
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